適応指導教室(知愛)

今回は適応指導教室のことについてお話します。
私の住んでいる市にはフリースクールがありませんでした。

でも、お母さんが探してくれて、市がつくった適応指導教室という不登校の子が行ける場所を発見しました。

市がつくっているので、小学校の先生は知っていると思うのですが、教えては頂けませんでした。

後日、緊張しながらお母さんと車で見学に行きました。
とっても狭くて、すぐ横は電車が走るのでとてもうるさかったです。

でも!駅から近いし、指導員??さんもいるし!そう思ってワクワクしました。
中を少し見学させてもらい、自己紹介をすると、すぐに別のお部屋に案内されました。

そこには腕を組み、ソファにふんぞり返った室長さんがいました(笑)。

少し怖そうだなぁ。そう思いながらも、室長さんに質問されることに答えました。

すると、お母さんに室長さんが、

「お子さんは学校に行けないんじゃなくて行かないんでしょ?うちは、学校に行けない、入れないような子が来る場所なんです。」

そう言いました。私はガッカリしました。

あぁ、やっぱり私に居場所なんてないんだ。
この人の言う通り私は行けないんじゃないんだ。
私はわがままでダメな子なんだ。


そう思ってしまいました。

その室長さんは「学校に行けないんじゃない。」そうおっしゃいました。
私は受け答えできます。外出もできますし、校内にも入れます。

ですが、あの時の私が「もうこれ以上は頑張れない。」そう思ったんです。

他人が「この子はまだ学校に行ける」なんて決める権利なんてないと思います。
数分話しただけで、どうして「行けないんじゃない」と判断できるんでしょうか。

今の私は行きたければ、中学校の中にある別室に登校できるようになっているので、ありがたくそこに登校させて頂きます。

ですが「行きたくない」。そう思えば家にいるなり、外出するなりします。
今の私は「行けない」んじゃなくて「行かない」んです。

行ってもいいし、行かなくてもいい、私が決めているんです。
あのときの室長さんの事は好きにはなれません。

ですが、その言葉のお陰で今は、あんな軽はずみな事は絶対に言わないでおこう。
少しその人の事を知ったからって全部知っているような気にならないようにしよう。と思えますし、

「行かない」と自分で決められていることに気づけました。

私は行けないんじゃなくて 行かない という事を悪い事だとは思いません。
このブログを読んでくださった方の中に不登校の方がいたら、自分で行かない。行けない。そう思った事、悪い事だと思わないで。

私もなかなか出来なかったことだけど、出来れば行かない、行けない自分を好きなってほしいです。

行き場を探して(母)

学校には行かなくなった。さて、どうしようか。

いろんなパターンがあると思うのですが、我が家の場合は、

家で好きなように過ごしてもらいつつ、学校以外に行ける場所を探しました。

3学期が始まってすぐの頃、あるママ友に打ち明けました。私は、彼女の息子さん達への言葉のかけ方や接し方をいつもいいなぁと思って見ていました。

長男くんは、お母さんのことをとても信頼しているのがよく分かりました。

だから、たまたま地域の行事で顔を合わせた時に思わず口にしていました。

「知愛、学校に行かないって言ってて、学校にも話して・・・」

彼女なら、何か言ってくれるんじゃないかと思ったんです。

返って来た言葉は、それからの私を支えてくれました。

「そっかぁ。きっと他の子たちよりちょっと早くトンネルに入っちゃったんだね。その分、早くトンネルを抜けられるよ。親の言うことの一貫性が無くならないようにってことは、気をつけてたらいいと思うよ。」

とても有難かったです。

誰もが通るような、成長の過程でくぐるトンネル。不登校も、そのひとつに過ぎないんだと励ましてくれました。

それから、「親の一貫した態度」が大切なのだとアドバイスをくれました。

その言葉をもらった日から丸3日をかけて、「私の一貫性」を自分の中で決めました。

それが、「知愛の選択を尊重して応援し続けること」です。

心配になっても、彼女の持ってる力を信じよう。

必要な時に、必要なことを学んでいけるはず。

3日かけて自分が貫こうと思う態度を決めたことで、腹が据わりました。

同時に、「不登校」という問題が消えたのです。

「不登校」を問題と捉えてあれこれ悩んだり、親子でしんどい思いをする時間がもったいない。

そうしている間にも、2度と戻れない「子ども期」が過ぎていく。

子ども期にしかできないことを奪ってまで悩むことじゃない。そう思いました。

そして、家で好きなように過ごしてもらいつつ、家族以外の人と関われる場所を探し始めたのです。

最初に見つけたのが、市内の適応指導教室でした。学校からはその存在すら教えてもらえてなかったので、見つけた時は希望を持ちました。

ホームページには、「気軽に問い合わせを」って書いてあったんです。だから電話で問い合わせ、見学日時を決めて知愛と出向きました。

そして面談があり、自分の名前も言えて、質問にも受け答えができる知愛に対し、

「あなたはここには来れません」と言われてしまったのでした。

つまりそこは、子どもが望んで行く場所ではなく、学校と教育委員会が「この子は来るべし」と判断した子が行く場所だったのです。

その時の室長さんの態度が威圧的で見下すような印象だったこともあり、希望が砕かれたということもあり。

帰る途中、私は怒っていました。

「こっちから願い下げや!あんなところ、行かなくていいよ!」

大人げないながらも、ぷんぷんしながら運転して帰ったのでした。